微弱陣痛
是非、お灸治療を試みて下さい
陣痛が始まり、いよいよ出産の時を迎えたにもかかわらず、本格的な陣痛が始まらないケ-スが初産の場合には多いようである。このような微弱陣痛の状況に対して現代産科学と東洋医学では対応処置は明確に異なります。
その対応の違いを説明する前に『陣痛とはどのような現象なのか』をまず考えてみましょう。
胎児が成長し月満ちて誕生するのに最も適切な時期がくれば、胎児は母体へ信号を送ります。信号を受けた母体はホルモンを分泌し、子宮収縮を促進させ陣痛が始まる訳である。
このように絶妙なタイミングで陣痛が始まるように、胎児と母体は見事なプログラムが準備されています。
ところが、胎児や母体に何等かの原因によってお産がスムーズに進まないと判断した時、ホルモンの分泌が不充分となり、子宮収縮が弱く微弱陣痛という状態が起こるのです。
現代産科医療は微弱陣痛という状況になれば、一般的には『ホルモン剤の投与』によって陣痛を起こします。しかし、この方法は問題が全くない訳ではない。
生理的なホルモン分泌の変調を起こしている原因の究明ではなく、結果として起こっているホルモン分泌の不足を補う緊急の対症療法であるからである。
そのため、人工ホルモン剤は人体の分泌ホルモンの完璧な代用となることは困難であり、自然な子宮収縮よりも回数も多くより強烈な痛みとなり易いのである。ケ-スによっては、激しい痛みを和らげるために鎮痛剤が必要となることもあります。
従って助産婦さんや看護婦さんから
『普通(自然)の陣痛はもっと痛みがゆっくり来て、その後しばらくは楽になるんだけれど、薬(陣痛促進剤)を使うと陣痛が小刻みにくるから辛いのよ、頑張ってね』という言葉を聞くケ-スが多くなります。
一方、東洋医学はどのように対応するのか、臨床例を挙げて紹介しましょう。
鍼灸医療はこのような微弱陣痛のケースでは【三陰交】というツボに米粒の半分か3分の1程度の小さなお灸を30回~50回、場合によっては70~100回と、小灸を数多くすえます。
すると、ホルモンの分泌が促され子宮収縮が促進され、本格的な自然な陣痛が始まりその結果、和痛分娩ができます。
【三陰交】のお灸は微弱陣痛に対して著効があることは、体験された産婦さん達なら誰もが承知している事実であり、結果が実証していますが私が驚かされるのは治療効果の凄さだけではなく、先人達の観察力です。
それは、通常の女性の体には見られない反応が、微弱陣痛の産婦さんの【三陰交】には顕著に現れているからである。
その反応とは【三陰交】の部位が通常より凹んでいます。
また、そのような反応を示している産婦さんにお灸をすえると、
『ホントに気持ちが良い』
と感心されるのです。
この事実こそ、【三陰交】へのお灸は微弱陣痛の産婦さんの体が要求している手当である証だと確信させられるのである。
このようにお灸は一見簡単な治療方法に見えますが、その効果はお灸する部位・モグサの大きさ・壮数を適切に行う事により、人体の自然治癒力が賦活され最善の方法で最善の結果を自らの体が成し遂げてくれるである。
微弱陣痛という異常事態に対して、陣痛促進剤の対処法と比べれば【三陰交】のお灸が如何に妊婦さんを安産に導くか、是非とも産科医は知って欲しいものである。
現代医学が漢方薬を日常の治療に組み込んで、医科大学の病院でも処方している時代なのですから。
自然分娩を主張されている立場の人達の微弱陣痛に対する基本的な考えも述べておきます。
分娩は生理的なこと故に『時が来るまで待つ』という姿勢が自然分娩の原則的な考えです。微弱陣痛の多くの場合、産婦の精神的ストレスがホルモンの分泌に密接にかかわっています。
そこで自然分娩を提唱されている方々は産婦の不安感や緊張を解きほぐし、出産し易い雰囲気の環境に留意して、産婦さん自身が元来持っている産む力を信頼して焦らずに待つという考え方が基本理念ではないでしょうか。
しかし、その配慮だけでお産がスムーズに進行するケースばかりではない、というのも事実である。
自然分娩提唱者として世界的に有名なミシェル・オダン博士も様々な配慮を講じても難産が予測される事態には促進剤も使用され、 緊急事態では帝王切開にて対応されることもあるそうです。当然のことでしょう。
お産の進行が順調でないケ-スでは、その状況に応じて処置する訳ですが、オダン博士が【三陰交】のお灸の効果を熟知されていたならば、様々な配慮の中にお灸治療で対応されるケースもあったはずだと推測します。
異常な状況である場合には、積極的に自然治癒力を鼓舞して事態の改善を図るのが医療の役割であり、その治療が体にとって望ましい方法ほど真の効果が期待でき、結果は良いはずである。
東洋医学は心身医学と言われるように、出産の場合に限らず感情を重視します。
それ故に、産婦さんが出産し易い雰囲気を考慮することは当然のことである。
症例
予定日を2日過ぎた夜中、陣痛が始まり入院。微弱陣痛の状態で1日経過。
『明日も変化がなければ促進剤の投与を考慮しましょう。』と、診察後に説明をうける。妊婦さんの母親から連絡を受け病院に出向く。午後6時からお灸を開始。気持ちが良いというので70回ずつ左右の【三陰交】にすえた。一時間後に和痛分娩。
その時の状況をもう少し詳しく説明すると、
病院の了承を得ておいて下さいと念を押して出向いた訳ですが、私がお灸をすえていると助産婦さんが『お産のお灸ですか?』と付き添っていた母親に声を掛けられた。
私が【三陰交】にすえているのを見ながら、
『お産に良いのは、ここにすえるともっと効果的ですよ』
と、わざわざ指で産婦さんの足の一点を示された。
その部位は【照海】というツボで、微弱陣痛に効果があるという報告は私の知る限りでは一例もない。
私は無視してだまってお灸を続けていたが、
『お灸は効く人もあれば、あまり効かない人もありますからね』
と、お灸治療にあたかも造詣が深いようなことを言う。
私はプッツンするのを我慢しながら、黙ってすえていると退室され、10分ほど経過してから再びやって来て、まだお灸をすえ続けていた私に、
『先程は大変失礼しました』と、お詫びを言われた。
後日談で知ったことですが、新人の助産婦さんだったそうである。
もし、半信半疑でお灸をすえてもらっていた妊婦さんであったら、気持ちの動揺を起こす可能性も充分ある。
初産を目前にしている妊婦さんの気持ちをリラックスしてもらうことの重要性を、もっと認識してもらいたいものだと痛感した出来事だった。